うばゆり、人生の総括

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zoom RSS 年金額は、子供を育てた人数割りにする。

<<   作成日時 : 2008/12/13 23:33   >>

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年金の仕組みについて、納得出来ないことの一つに、世代間扶養というものがあると思います。初めてこの仕組みを聞いた時「えっ、そうなの。そんな馬鹿な。」と思った人は多いと思います。皆、自分が働いている間に、自分の老後の年金を積立てているとばかりと思っていた筈ですから。

今では皆知っていることでしょうが、最初にこの恩恵を受けたお年寄り達は、たいした年金を納めていなくても、かなりの額が貰えたのです。働いている人達が老人を扶養しようというのが世代間扶養ですから、始めた当初から貰えた老人達は、ほとんど年金なんて納めていなかったのです。

そんな馬鹿なことがあるの、そんなやり方をすれば、子供の数が減ってくれば当然やっていけなくなること位、誰が考えても分かることだよ、60才間際の政治家達が、自分達の老後を良くする為にしくんだに違いない、と、激しい怒りを感じましたが、その人達には、その人達の理屈があるのだそうです。

その理屈というのは、戦後、何もない焼け野原から、日本を復興させる為に働いてきたのは自分達だ、自分達の世代は親も扶養しながら、国作りもしてきた。立派な道路を始め、生活に必要なものをすべて作り上げてきたのは自分達だ。自分達より後の世代は、もう大きなお金を使う必要はなく、それらを修理していく位ですむのだ。大変な思いでこの国を整えてきた自分達は丸裸になっているのに、核家族で親の扶養もしなくなっているのはおかしいから、年金という仕組みで、皆に扶養してもらうのだ。

なんとも納得出来ない理屈ですが、世代間扶養の発想はそういうことらしいのです。それにしても、昔は5〜6人いた子供の数が、すでに、2〜3人になっていたのですから、やっていけなくなること位、頭の悪い私でも分かった筈です。頭の良い人達が考えられたのに、気づかない筈がなく、それでも、この仕組みで始めたのには、何か他に理由があったのではないでしょうか。

そこで、一つ思いつくことがあります。
数日前に、会社の悪代官さまが、昔、「人の育てた子供から、年金まで貰えるとは、良い仕組みだ。」と言われたと書きましたが、その言葉を思い出して、ピンときたのです。もし、子供の数が減って、やっていけなくなったら、子供を育てなかった人達の年金は、その分減らせば良いという考えがあったのではないでしょうか。

子供を一人育てるのに、大学まで行かせれば、2000万円位のお金がかかると言われています。子供のいない夫婦は、その分余分に老後の貯蓄が出来ている筈ですから、年金の額も少なくても良いという理屈です。世代間扶養であるという理屈なら尚のこと、自分が働いていた時扶養したのは、自分の親の世代ですから、出すのは当たり前ですが、自分が貰う時は、払っているのは子供世代ですから、育てていなければ、貰ってはいけないのです。

なぜ、今までこんな簡単なことに気づかなかったのでしょうか。
世代間扶養と言いながらも、自分の納めた年数によって額が変わるとか言われると、自分の納めたものが返ってくるんだという感覚がどうしてもあるから、きちんと納めたけど、子供を育てなかったから、少なくしますという考えには至らなかったということです。

最初にこの仕組みを作った人達は、その当時すでに60才位の人達だったでしょうから、皆お亡くなりになってしまっていて、もし、やりくりに困ることになったら、子供のいない人達の分は減らせば良いことだという話し合いがあったとしても、もはや誰も知る人もいなくて、破綻しそうな状態になっても、何も手が打てずにいるのかも知れません。

長い間、「子供の数が減ったら、やっていけなくなること位、分かっていた筈なのに。なぜ?」という疑問をずっと抱いていて、どうにも腑に落ちなかったのですが、謎が解けたような気分になっています。

勿論、これはあくまでも私一人の推理ですが、当たりか外れかは別にしても、子供を育てた人数割りで年金額を決めるのは、凄く良い考えだと思う、昭和83年12月13日です。

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